〔第2回〕人の気を惹くまちづくりの極意

平成28年度(株)まちづくり熊谷情報発信事業

 〔第2回〕

人の気を惹くまちづくりの極意 

帝京大学経済学部観光経営学科 大下 茂

  人口増加が期待できない現在、地域の活力を維持するために定住人口や観光客や来訪者を地域間で奪い合う時代となっています。これまでにない来訪者を巡る「競合社会」の到来です。全国のすべての地域が、ある意味ではライバルなのです。この競合社会の中では「人の気を惹くこと」が、生き残る秘訣です。それには一定のセオリーがあります。今回は、“人の気を惹くまちづくり”の極意の一部をお伝えしたいと思います。

 

(1)人の気を惹き、人を集めるための4つの条件

筆者はこれまで地域づくりプロデューサーやプランナーとして、地域活性化や中心市街地の活性化、観光振興プランの策定等に携わる機会に数多く出会いました。その都度感じたことは、『集客』を実現するための地域づくりの手法を体系的に捉えられないかという問題意識でした。集客手法をテーマとする博士論文の草稿を固める中で、指導教員であった故・渡邉貴介東工大教授と度々議論となった核心は、『人を集める条件って何だ』ということでした。その議論でたどり着いた結論は、『①交通』『②情報』『③地域の魅力』『④ホスピタリティ』という4つの条件が必要ということでした。

第一の条件として、行きやすい地域・すなわち太い『①交通』のパイプをもっていないと人を集めるには不利なことはいうまでもありません。しかし、行きやすいことは、逆に帰りやすいことでもあり、また素通りしやすくもなることも十分に考えた地域づくりが肝要となってきます。

第二の条件として、インターネットの普及に次いで、スマホが無くてはならない生活の一部となっています。情報が氾濫している時代でもあるのです。このような時代においては、『②情報』の感度を高めるような情報発信と、発信ばかりでなく情報収集し、その「生の声・情報」を発信することで、人の気を惹くことが大切となります。

第三の条件は、訪れるに値する『③地域の魅力』をもっていることです。実はこれが最も厄介なものです。様々な意見や見方があろうと思いますが、筆者らが結論づけた最大の集客誘因は『対比(コントラスト)』でした。自分自身が日常生活では感じ得ないものに惹かれるということです。そして、この対比は一つではないことです。「対比」には、①時間的対比(懐古・郷愁あるいは先駆的などの過去・未来という時間軸でのコントラスト)、②現実対比(現実ではありえないもの、神秘・幻想的なもの等)、③自然環境的対比(気象や自然環境の違いによる対比)、④文化的対比(同時代的な文化の違いによる対比、異国情緒や芸術等)の4つがあるのです。近年クローズアップされている“これっ”といった観光資源を有していなかった地域が集客を実現しているのを見ると、これら4つの対比を巧みに加工して発信する観光まちづくりを展開しているのです。

加えて、本物や一流、希少性、日本一等の『最優価値』と、『限定・優越』ということをアピールすることで地域の魅力づくりを行っているのです。中でも『限定』という誘因は、“今だけ(期間限定)”“ここだけ(地域限定)”“あなただけ(対象限定)”の3つを同時にアピールすることによって<今行かなければ>という気にさせる高度な技であると感心させられます。

最後の条件の『④ホスピタリティ』とは、「もてなしの心」が地域全体で展開されていることです。私たちが旅行して、また訪れたいと願う場所は、立派な観光資源や美しい風景のある地域ばかりではなく、旅先での地元の人との交流や暖かく迎えられた思い出、あるいは地域にしかない食のある地域ではないでしょうか。ここで大切なキーワードは、“地域全体”ということです。

この4つの条件は地域に人を集めるために必要な条件であり、これら4つの条件が整っていれば必ず人が集まるという十分条件ではないということです。また、この4つの条件を図示(図2-1参照)すると、『①交通』は上位に、そして『④ホスピタリティ』は3つの条件を下支えしている条件。『②情報』は『③地域の魅力』を発信するものであり、『②情報』の発信の仕方で、『③地域の魅力』を引きだすことにもつながるのではないでしょうか。

 oosimo2-1

(2)新幹線停車駅・熊谷は本当に有利な条件なのか

熊谷駅には、東京方面に平日38本の新幹線が停車します。在来線の他に新幹線が利用でき、しかも1時間もかからないで東京にいくことができる。交通条件としては申し分ありません。

『交通』に直結するものとして「距離感」があります。人は、「実距離」だけでなく、「時間距離」「経済距離」「サービス密度」の3つに大きく左右され、総合的に「距離感」という指標で評価しているのです。表2-1は、熊谷駅と高崎駅の新幹線の交通サービスについての比較を一覧で示したものです。

東京駅からの直線距離は、熊谷は約57kmに対して高崎は約94kmであり、熊谷の方が圧倒的に東京との距離を近く感じているはずです。これは在来線利用や車利用に関しては有利な条件となります。しかし新幹線に関してはどうでしょうか。

まず「時間距離」に関しては、東京駅までの乗車時間は、熊谷駅からは39分、一方高崎駅からは、停車駅による列車に違いがありますが、52~60分と、実距離ほどの差は見られません。「経済距離」、いわば利用料金による違いは、熊谷駅からは3190円、高崎駅からは4410円と、これもまた新幹線利用する顧客からみると大差は感じない範囲です。最後の「サービス密度」と呼ばれる列車の本数からみると、熊谷駅から東京駅は、平日39本であるのに対して、高崎駅からは66本と逆転しています。

このことから言えることは、「新幹線停車駅」というキーワードは、確かに有利な情報であることに間違いはありませんが、それだけで安心はできないということです。熊谷駅よりも遠い高崎駅の方が、新幹線利用者にとっては、ちょっとだけ高く、ちょっとだけ時間はかかるものの、便利な駅という見方もできることを現しているのです。

こと新幹線をアピールするのであれば、もっとグローバルに捉えてみるのがよいのです。外国人観光客が多く訪れている軽井沢の帰路の顧客に対して、観桜ツアーを売り込んだ例をみるまでもなく、新幹線沿線地域との比較の中で熊谷の特徴を打ち出すことにより、新幹線停車駅は、大きな地域の強みとなるのです。

表2-1 熊谷と高崎の比較(新幹線の交通条件による比較

比較項目

熊谷駅⇒東京駅

高崎駅⇒東京駅

平日新幹線停車本数

27本+12本⇒38本

36本+30本⇒66本

東京駅までの所要時間

39分

52分~60分

料金(運賃+特急料金)

¥1,140+¥2,050⇒¥3,190

¥1,940+¥2,470⇒¥4,410

※列車本数、所要時間等は、平成28年7月の時刻表による。料金は自由席利用の特急料金。

(3)地域の個性的な魅力発見と情報の受発信が命

 国の訪日外国人観光客誘致事業開始にさきがけて、成田空港のトランジット客に対して調査を行ったことがありました。外国人観光客に対して成田空港周辺地域の代表的な観光地を写真でお見せし、どこの地域に興味を感じるかを調査したものでした。その結果は、日本人なら関心を寄せると予想していた伝統的な町並みや門前の風景ではなく、多くの人々が写真に写っているお祭りが人気を得たのです。

 調査した頃から情報発信は大きく様変わりしつづけています。プロのカメラマンが時間をかけて撮影した写真ではなく、“いかにも楽しそうな”“ワクワクしそうな”“思わず微笑んでしまうような”~素人が撮影した身近な光景の方が、好感度の高い情報発信の時代となっているのです。

 しかも地域の個性の基本・原点は「対比」にあるのです。地域の中では、あまりにも身近すぎて気づかないものに、地域外の人は関心を寄せることも少なくありません(これは次回の大なテーマとして取り上げてみたいと思っています)。しかし、情報発信は地域個性とは異なり、地域の方々しか知らない情報が鍵を握っているのです。地域の方々がよく行く居酒屋情報やそのお店の人気メニューのつぶやきに、来訪者や観光客は目を光らせているのです。多くの地域で観光協会が発信する情報は、公平性を重んじた情報発信がされています。これは組織の性格上、致し方のないことであるし、利用者も重々理解しているのです。そのため、ツイッターやプログ等の情報を重用することになるのです。情報発信は、リアルタイムであること、地元通の情報であること、かつ受発信相互の情報発信を重要視することが望まれてくるものと思います。

 また、地域の魅力よりも、情報価値の賞味期限は圧倒的に早いことを、肝に銘じておく必要があるのです。

 

(4)熊谷流のもてなしの極意とは

地域には、地域ならではの作法・流儀があります。それは地域の成立ちに起因することが多いのです。港町・商都、門前町、宿場町、城下町、在郷の町等の、町の成立ちによって、地域の流儀・作法は異なるのです。例えば、海洋や河川沿いに誕生した港町・商都は、舟運による交易が地域に富・財と文化をもたらしました。そのため外部からの人や情報を大切にします。他地域からの来訪者をもてなす作法が、現在でも連綿と伝承されていることが多々みられます。その逆が城下町であり、“殿様商売”等と揶揄されることもありますが、城下町は余所者を受け入れる作法が少ないかわりに、格式を重んじる重厚な作法が、現在もまだ残っていることが少なくありません。

熊谷は、中山道の宿場町が地域の賑わいの原点であり、また、うちわ祭りの誕生が、現在の町の流儀・作法の原点であるとみられます。その根底にあるものは、現代的にいうと“情熱=パション”と呼ぶことができるものであり、“一宿一飯”や祭りの“作法”に基づくもてなしが、熊谷のまちなかに脈々と流れているのではないでしょうか。

地域に活気をもたらす大切なものは、「如何に人の気を惹くか」にあります。特に、これからの時代を牽引する若者が参加したいと思うまちづくりが必要です。最近の若者はクールであると言われますが、内面では地域のために活躍したいという“秘めた情熱”を持ち合わせています。熊谷には、その秘めたるものを引き出す条件が、潜在的に整っています。若者の秘めた心に伝わるまちづくりを展開することで、「気を惹く地域」が叶うと考えます。“若”の下に“心”を置く地域・熊谷を目指したいと考えます。

今回は、「人の気を惹くまちづくりの極意」として4つの必要条件を解説しました。次回は、地域の記憶を辿ることで熊谷の個性をさらに掘り下げ、地域資源を再発見・創造する手法について考え、熊谷の集客資源の編集を試みたいと思います。

2017年12月8日WEBYA Ltd.

このページの先頭へ