〔第6回(最終回)〕地域力向上のシナリオをもつ

平成28年度(株)まちづくり熊谷情報発信事業

 〔第6回(最終回)〕

地域力向上のシナリオをもつ~熊谷市観光まちづくりグランドデザイン(地域活力戦略プラン)の目指すもの 

帝京大学経済学部観光経営学科 大下 茂

 ことを成すためには、大志と熟考を重ねたシナリオをもつことが不可欠です。地域活力を高めるためのまちづくりを航海に例えるならば、海図がなくては、危険な航海となることが目にみえています。
人口停滞期における地方創生戦略の多くに「集客・観光を通じたまち・ひと・しごとの創出」が掲げられ、国内旅行が低迷する中で来訪者獲得を目指した競合が予想されます。
地域活力を求める願いは何れの地域も同じです。しかし気持ちだけでは、何事も前に進めません。当然ながら、地域活力を高めるための海図を描く必要があります。6回シリーズの最終回は、地域活力を高めるためのシナリオづくりに相当する[構え]に係わる技・極意をお伝えし、この先の熊谷での取組み方について展望したいと思います。

(1)地域づくりで陥りやすい間違い

新しいことに気が向く性格のため、これまでの歩みを振り返ったことがありませんでしたが、気がつけば、地域活力を高める手法を考えつづけることに40年近くの歳月を投じていました。様々な失敗も重ね、それらを糧に失敗学を避けるリスク管理の方法も教わりました。その中の一つが、地域づくりのシナリオを描くにあたって、「陥りやすい落とし穴があること」に気づいたことです。同じ轍を踏まないように、最初にそのパターンをお示ししておきたいと思います。

①将来像と現状とのギャップを体系的・客観的に捉えることがシナリオを描く基本

「駅前等の中心市街地がかつての賑わいを失ってきている。かつてのような賑わいを取り戻したい」~多くの地域の共通した願いであると推察されます。この願いの中に、現状の置かれている一部の状況と、漠然としているものの将来に求めたい地域の姿が見て取れます。そのギャップを埋めるために、様々な取組みを講じることが必要となってくるのです。

次の図6-1は、まちづくりを進めるための基本的な取組みを概念として示したものです。横軸は「時間」軸、縦軸は地域の願いである「賑わい」と仮に置いてみましょう。〔1〕は「現状認識」。地域の現状を正しくかつ客観的に評価することが基本となります。そして〔2〕は「将来の地域の姿」です。そこにあるギャップが〔3〕の「課題」となり、それを解決するために〔4〕の「解決策・対応策」が必要となるのです。将来も現状のままでよいならば、そこにギャップはないため、現状を維持するための方策のみを考え、それを実行すればよいことになります。

②陥りやすい4つの落とし穴

筆者はこれまで多くの地域から地域の活力を高めるためのアドバイスを求められる機会をいただきました。「現状を把握したもののこれだけでないのかを診断してほしい」「課題が多すぎてどこから手をつければよいかがわからない」「課題解決のための効果的な処方箋を教えてほしい」といった内容が、これまでの主なご依頼内容でした。

しかし最近は、「人口減少を迎えて“将来像”が描けない」「先進地域視察で勉強したこんな取組みを当地に取り入れたいと考えているがどうか」「市民が一緒になって取組むための効果的な方法はあるか」、特に最近目立つのは「地域づくりの評価を指標化しないといけないので、適切な「指標」を教示願いたい」といった内容に変化しつつあります。

これも限りある財源の中での行政課題と取組み方の変化と捉えれば理解はできますが、将来像を外部のアイディアに委ねたり、解決策・施策ありきでの地域づくりのアプローチは逆のプロセスであり、その施策は当地に投入する意味が薄れ、どこかで事業が破綻することにつながることが予測されるものと考えられます。

このような状況を踏まえ、まちづくりのプロセスに応じて、図6-1にも示した4つの落とし穴があることを、最初に理解しておく必要があるのです。

◆落とし穴(1)・・・現状を正しくかつ客観的に認識していない。現状認識が明確ではない。

◆落とし穴(2)・・・将来目標・ビジョンが具体的・明確ではない。地域で共有されていない。

◆落とし穴(3)・・・課題は認識しているものの体系づけていない。優先順位がわからない。

◆落とし穴(4)・・・先進事例を直接的に投入している。目先の対応策から地域課題を捉えている。

(2)将来目標を描くために

この4つの落とし穴の中で最も大切なものが、「将来目標・ビジョンが具体的・明確ではない。地域で共有されていない」ということです。

観光・集客のまちづくりを計画的に進めるためには、地域の目指すべき方向性を示す「将来目標」、目標を具現化するための「戦略」、そして戦略の具体的アクションとなる「戦術」が必要です。しかし、ともすれば計画性のないままに個別の「戦術」に走り、その結果、十分な効果が得られないまちづくりの取組み例も少なくありません。めざすべき到達点(将来目標)が明らかでなければ、そこに導くための「戦略」や「戦術」は、到底、描きようがないのは明らかです。

まちづくりの関係者や住民の意識が共有化されて、行動を一つにするためにも、地域の目指す将来目標の姿は、できるだけ明確にする必要があります。目標とする姿は、長期・例えば10年先を見据え、できるだけ明るく、わかりやすく、多くの人々が託せる大きな「夢のあるもの」でありたいものです。

「夢」や「希望」があってこそ、人々の共感を得て、その実現のための行動につながるのです。極めて現実的な目標を掲げて、現実問題に対処することを否定はしませんが、人は大きな目標や夢をもつことで大きく育つ。地域も同じです。

したがって、将来目標としては「明確なビジョンをもつこと」と「“高い志”や“ロマン”を投入すること」が大切です。また、「目標」や「夢」だけは、他の地域を真似ようと思わないこと。決して難しい語句を並べる必要はありません。皆が求めている、願っているであろう姿を「地域の目線」や「地域の言葉」で綴ればよいのです。関係者の方々が一緒に「夢」を実現したいと思わせるような姿が必要となるのです。

(3)まちづくりの骨格(スケルトン)を描く
~熊谷市観光まちづくりグランドデザイン(地域活力戦略プラン)の目指すもの

熊谷市観光まちづくりグランドデザイン(地域活力戦略プラン)の必要性

 これからのまちづくりにおいては、地域の「編集」と「発信」が効果的であることから、寄稿では、地域を新しく生み出すための熊谷ならではの個性に基づく10のテーマを提言させていただきました。また、市民協働によるまちづくりが主流となるこれからの時代においては、「選択と集中」の考え方をもつことが効果的であり、シンボルプロジェクト(基幹プロジェクト)やリーディングプロジェクト(先導プロジェクト)と呼ばれている複数の取組み・事業が総合化したプロジェクトへの取組みが効果的であることも提言致しました。先導的・明示的に事業展開を図ることは、まちづくりの動き・胎動をアピールすることにもなり、熊谷のまちなかに対して“あれっ何かが始まっている”という「人の気を惹くこと」にもつながります。

『熊谷市観光まちづくりグランドデザイン(地域活力戦略プラン)』とは、市民協働の時代を先導する取組みを基本とし、「観光・集客」という手段を用いて“熊谷の賑わいづくり”を目指すための方向性を示すものです。市民協働においては、関係者の共感と理解が必要です。そのためには、熊谷の基礎を成す個性に基づくものであることが必要であると考えます。

②グランドデザインの3つのテーマ

熊谷の地域の記憶・履歴にもとづくと、筆者は『水(荒川・星川)』『まつり』『スポーツ』の3つが、これまでの熊谷を形づくり、そしてこれからの熊谷を飛翔させる“核”となる個性であると考えます。

『水(荒川・星川)』は、地域に賑わい(舟運や産業)や情報、肥沃な土をもたらし、そこに、伝統的な『まつり』と新しい『スポーツ』という“核”を創出してきました。この『まつり』と『スポーツ』に共通するものが、“情熱(passion)”であり、「あついぞ!くまがや」は、最高気温の記録のみならず、地域の中にあるこの“情熱”にも通じるものがあると考えます。

『まつり』がベースとなることで「まちなか回遊・まちめぐり誘発」へと展開し、『スポーツ』は、単にスポーツイベントの舞台があるだけではなく、産業やライフスタイル等の熊谷ならでは「スポーツツーリズム文化創造・発信」としての展開が期待されます。また、両者に“熊谷の流儀”が重なることで、双方の魅力をより輝かせることにもつながってきます。

地域に富をもたらした『水』の恵は、これからの時代には、地域に多くの智慧と人材が集結される「連携ネットワーク・サロン創出」へと展開されることが望まれます。「サロン」は、人が集うものであり、『まつり』や『スポーツ』に内包されている重要な魅力のひとつとも通じ合うものがあります。

図6-2は、熊谷市観光まちづくりグランドデザイン(地域活力戦略プラン)を構成する3つのテーマとプロジェクトへの展開を概念的に示したものです。

③熊谷市観光まちづくりグランドデザインの3つのシンボルプロジェクト

図6-2に示した「スポーツツーリズム」「まちなか回遊」「サロン創出・連携ネットワーク」から、次の3つのシンボルプロジェクト(基幹プロジェクト)が、熊谷の地域活力戦略プランの骨格をなすものであると考えます。

【スポーツツーリズム文化創造・発信プロジェクト】

「観る」「する」「支える」をテーマとするスポーツツーリズムの考え方を踏まえた上で、「ラグビー」や比企丘陵等で盛んになりつつあるサイクルスポーツ等の展開を図るとともに、食やファッション、スポーツ関連グッズ等、スポーツを文化と捉え、伝統産業・伝統技術・ご当地の食等とコラボレーションする新たな展開を進めます。

【まちなか回遊・まちめぐり誘発プロジェクト】

年間を通じた熊谷市街地における集客イベントの創出・開催、食によるまちおこし、周辺観光やスポーツツーリズムの玄関口としての情報案内、様々な主体が関わるまちづくりの胎動等を通じて、中山道の宿・県北の中核都市としての地域の記憶である「賑わいの拠点化」を進め、まちなか回遊を促進します。

また、周辺地域の観光資源のアピール力のあるテーマ性の追求・編集によるプロモーションを進め、まちめぐりの誘発を導くことに取組みます。

【連携ネットワーク・サロン創出プロジェクト】

熊谷の観光まちづくりを牽引するために関係主体の連携強化(プラットフォーム化)と役割分担を明らかにします。連携にあたっては、「世代間連携」「産業関連携」「地域間連携」の3つの視点からの展開を積極的に進めるとともに、関係主体が集まり語り合える「まちなかサロン」の創出をめざします。

(4)熊谷市観光まちづくりグランドデザインの今後の取組み方とまちづくり熊谷への期待

①観光まちづくりグランドデザインの位置づけの明確化に期待

人口増が期待できない時代のまちづくりの捉え方から、今回の寄稿を始めました。熊谷市では、将来の人口推計を踏まえた地方創生戦略プランを定め、「雇用創出」「転入・定住促進」等の施策の実施に計画的に取り組まれています。

今回の寄稿でご提案した「観光まちづくりグランドデザイン」は、人口推移を受け止め、「観光・集客」を手段として、市民協働の取組みによって地域活力を創出するための方向性の大枠を示したものです。この人口減少期における「新・観光まちづくり」に向けた地域活力戦略プランづくりの位置づけを明確にするとともに、戦略的事業推進のロードマップの作成が、具体化的な取組みの第一歩となります。

②♫むすんで ひらいて・・・から学ぶこと

子どもでも知っている歌『♫むすんで ひらいて』は、まちづくりの進め方の極意とつながるものです。

まず、“むすんで”は、先導的に取組もうとする活動主体の心をひとつに結ぶこと、そして仲間を集めるために“ひらいて”とつづきます。その後の“手を打って”は、小さい取組みでも何かを試行的・実験的に実施することです。そして取り組んだ活動主体が、取組み成果を真摯に受け止めるための“むすんで”となります。

次に“またひらいて”は、より多くの賛同者を募って、より広く・深い取組みを企画し、それをもとに“手を打って”につなげるのです。その結果が、つづく“その手を上に・・・”。もちろん、成功体験を得たことによる「万歳」の象徴でありたいものです・・・間違っても「お手上げ」とならないように、段階を踏んで徐々に“進めることの「進化」”と“深めることの「深化」”を通してまちづくりが進んでいくことと、何か試行的・実験的にでも前向きに取組むことの大切さを、この歌から教わることができるのではないでしょうか。

現実の「観光まちづくりグランドデザイン」においては、商工会議所や観光協会、商店街連合会、まちづくり熊谷等の既往団体・組織に加えて、様々な市民協働の組織、さらにくまちゃれ等の大学生の若い活動主体等が、フラットで緩やかな“プラットフォーム的な推進母体”として形づくられることが期待されます。これが提案した「まちなかサロン」なのです。新しいことにチャレンジすることは、地域に活力を運ぶ“新しい風”となるのです。

③まちづくり熊谷への期待

今回、寄稿の機会をいただいた「まちづくり熊谷」は、まちなかの賑わい創出の様々な取組み事業をプロデュースすることを期待されて設立された第三セクターの組織です。現在のまちづくり活動は、確実に「市民協働型」の取組みへと向いてきています。現在は、個々の取組み活動が展開されている段階ですが、公共団体の組織にも市民協働課等も創設される傾向にあります。

市民協働型の社会が定着する段階で必要となってくる機能が、組織的かつ現実的に活動をオペレーションする機能であり、全体を総括するコーディネート機能です。さらに、次の効果的な賑わいづくりの一手を企画する機能等、総括すると『まちなか賑わい創出のためのシンクタンク機能(地域経営総合戦略機能)』ではないかと考えます。様々なビックデータをベースとしつつ、そこに地域のローカル情報を重ねることで見えてくる様々な企画を、適時性をもって具現化することは、公共団体は不得手な分野であり、これらの機能を既存組織との連携・分担の中で明確化かつ着実に展開することに期待がかかっています。

また、今回の寄稿の取材の中で訪問させていただいた「くまちゃれ(熊谷の学生達が結集したまちづくりサークル)」は、今後の賑わい創出の原石であると考えられることから、さらなる仲間づくりと具体的な活動実績を積み上げられることを願うとともに、まちづくり熊谷の継続的で厚い支援に期待したいと思います。

□おわりに

今年度、まちづくり熊谷さんからの要請で『集客力の技と極意』をテーマにした6回シリーズでの寄稿の機会をいただいたことに感謝申し上げます。また、まちづくり熊谷のホームページを通じて、拙稿を拝読いただいた読者の皆様に感謝申し上げます。

集客・観光によるまちづくりの成果は、一朝一夕に現れるものではありません。また、まちなかでの活動についても、“高い志”と“熱い思い”があっても、ひとりで成し遂げられるものでもありません。結束力が必要となるのです。

楽しくなければ、ものごとは長続きしません。まちづくりを楽しみながら、時にちょっと背伸びすることで、確実に賑わいを呼び戻すことにつながっていきます。

まちづくりには4つの「気」が必要です。「なかなか“本気”にならなくて~」という嘆きを聞くことが少なくありません。最初から“本気”になることを期待してはいけないのです。“本気”になるためには“やる気”が必要です。しかし“やる気”につなげるには“その気”になってもらうことが始まりです。“何か楽しそう~”と見えることが大切なのです。

「くまちゃれ」の学生たちが考える荒唐無稽なアイディアをまちづくりの関係者が真摯に受け止め、一緒に磨きあげてミニ事業に取組む・・・といった“その気”プロジェクトが、数多く興ることで、ミニ事業に取り組んだ経験則(成功体験)と小さな失敗談(失敗体験)が重なり、次の事業展開につながった時、“その気”が“やる気”へと変化します。そして、その経験の数に応じて“本気”へと展開されてくるものと思います。

“その気”“やる気”そして“本気”という段階的に育つ3つの“気”を、実は“根気づよく”つづけること。その4つの“気”が熊谷の中で育まれることを願って、1年間に亘った6回の寄稿の筆を置きたいと思います。最後までお付き合いをいただき、ありがとうございました。   (拝復)