〔第3回〕地域に眠っているお宝を探し出すまちづくり

平成28年度(株)まちづくり熊谷情報発信事業

 〔第3回〕

地域に眠っているお宝を探し出すまちづくり 

帝京大学経済学部観光経営学科 大下 茂

  身近にあるものの価値は、意外にもわからないものです。観光の語源は、「国(地域)の光を観せること」です。地域ならではの「光」の源は必ず在ります。要はそのことに気づき、みんなで理解し、地域をあげてアピールすることにあるのです。今回は、地域の中で眠っている地域のお宝を探し出すための手法についてお伝えしたいと思います。 

 (1)地域の個性とは

  卑近な例として、人の個性から考えてみましょう。体型としてやせ型・小太り、背が高い・低い、丸顔な顔立ち、キツネ目の男といった、見た目を個性として表現することがあります。一方で、おっとりとした、博学の、育ちのよいといった、内面からにじみ出てくる印象を個性として伝えることもあります。人を構成している要素は、基本的に同じで、ちょっとした違いが重なり合って、その人の個性となっているのではないでしょうか。地域も同じで、地域を構成する要素は基本的には似たものです。

 鉄道が通っていれば駅があり、そして駅前がある。駅前には商業施設や飲食施設が立地していて、そこに賑わいが生まれている。駅から周辺部に向けて住宅地が広がってくる。郊外には田園や河川が、そして里山・森林へと、都市的な空間から自然・環境が豊かな空間へと土地の使われ方が変わってくる。その使い方・使われ方のちょっとした違いが「個性」となっているのであって、「突拍子もないもの」「奇をてらったもの」は、個性ではないと考えることが大切です。見た目よりも内面からにじみ出てくるもの、すなわち地域に住まう人々、地域で様々な活動をされている方々の暮らしぶりや息づかいこそが、地域個性の源であると捉える方が間違いではないでしょうか。

(2)地域の記憶を辿る

 人には生き様という履歴があるように、地域にも成立ちの記憶があります。記憶をもたない地域はないのです。その成立ちの記憶こそが最大の個性の源です。しかし、我が国の多くの都市部では、高度経済成長を実現するために、標準規格のまちを作りあげてしまい、結果として「没・個性」の中心市街地の空間・設(しつら)えとなってしまったのです。それは都市部だけではなく、田園地域にも及びます。農業構造改善事業により、田圃の規格を統一することで同じような田園空間となり、また、経済性の観点から効率性の悪い里山や棚田が放置されることで、個性的な空間が消滅させてしまったのです。

 港町、商都、門前町、城下町、宿場町、在郷等、地域の歴史を詳しく学ぶまでもなく、地域の成立ちは容易に理解できます。また、実際にまちづくりを進めるにあたって、この地域の成立ちは、地域住民の気質として脈々と現在に継承されているのです。これまで様々な地域から観光・集客による地域活力向上に関わるご依頼をいただいてきました。これまでの経験に基づくと、港町や舟運によって商都化した地域で活力向上策をご提案すると、熱心に耳を傾けていただき、実践も伴うことが多いように思います。一方、城下町や門前町では、思ったような展開や成果が得られないことが多いようにも感じます。それは、港町や舟運等で栄えた商都は、外部からの情報が地域に富をもたらした経験をもっておられ、それが地域のDNAとして受け継がれていることによると理解できます。

 また、地域の原点である成立ちとは別に、地域の生き様も大切です。地域の履歴を編むと、輝いていた時期が必ずあります。栄光と表現すると、過去に縛られた感じを受けがちですが、その輝いていた時期こそが、地域活力のビジネスモデルの源であったわけで、盛衰の分かれ道であったと理解できるのです。

 さらに、祭りは、地域活力が現在まで受け継がれている地域の宝でもあります。祭りを継承し続けるためには、地域ならではのしきたり(ローカルルール)や、世代間の交流によるコミュニティの形成、地域間の競合意識~自分の地域・町内の祭りが一番だという自負等が必要不可欠です。また、長くつづいている祭りは、外部からみると「情熱」を感じます。この「情熱」を拝見しに来訪者が訪れているのです。長く続けていれば「伝統」は後からついて来るものですが、「情熱」は地域の中からしか生まれてこないものです。

 地域の履歴を辿ることは、①地域の成立ちをみる、②地域の最も輝いていた頃をみる、③長年つづけられている「祭り」の原点と現状をみる、この3つの視点は、まちづくりに取組む際のヒントをもたらすことになるはずです。

(3)地域資源を再発見・創造する4つの方法

  前置きが長くなりましたが、いよいよ今回のテーマである「地域に眠っているお宝を探し出す方法」についての話に入ります。

 地域資源を発掘する方法には、大きく「地域で眠っている資源を再発見する方法」と、「これかの動向を見極めて新たに創造する方法」の2つがあります。今回は、前者を中心にその技をお伝えしたいと思います。

①「風土・暮らしぶり再認識型」の発見法

 地域の風土には、そこに生きた人々の日常の暮らしが脈々と息づいています。その日常をつくりあげているものこそが、最も身近であるが故に気づかない「地域ならではの最大の魅力素材」なのです。

 地域の暮らしぶりや地域に住む人々の心意気(もてなしの心や人情等)、特産物、気候・風土、植生・山里の文化といった、先人たちが地域での営みや自然との関わりの中で連綿と培ってきた風土・暮らしぶりを再認識することで地域の魅力資源を再発見する方法です。

 関東初の重要伝統的建造物群保存地区(通称「重伝建地区」)の指定を受けた千葉県香取市の佐原は、江戸中期以降の利根川舟運の河港町として活況をみた地域です。全国測量の伊能忠敬を輩出した地域としても有名です。伝統的な佇(たたず)まいは、来訪する方々から見れば、懐古性を感じる観光対象となりますが、そこに住まう方々からすれば、厄介なものでしかありません。佇まいを守るため近代的な建築物への建て替えも叶わず、維持費もかかります。しかし、先人から受け継いだ地域の暮らしぶりは守らないといけないという強く・熱い思いが、現在の佐原の集客の源となっているのです。

 ある6月の小雨の日のことでした。まちなかを流れる小野川沿いに複数のご婦人が和装で歩かれていました。かつて商都であった佐原では、今も残る伝統的な町並みの中を、かつて多くのご婦人たちが和装歩いていたことに着目、地域資源として「着物文化」を見出しました。

 それをヒントに誕生したのが、着物でまち歩きを楽しむツアー『きもの美人』です。着物レンタル一式、着付けサービス、ヘアセットに加えて、お茶とお菓子のサービスと、買い物の割引券がセットになった『まちぐるみパスポート』という着地型旅行商品です。

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②「歴史・史実発見型」の発見法

 ひとつの地域が今のかたちになるまでには、必ず長い歴史があるものです。過去からの延長上に現在があり、将来もまた現在の延長上にあります。地域の長い歴史や記憶・史実を辿ることで、地域の個性ある資源を再発見することができます。かつての賑わいの原点や外の地域の人々が描いている地域イメージの原点に着目する、地域が輩出した偉人や著名人、映画・TVドラマ。小説や歌の舞台等もまた、地域を再発見するヒントとなるのです。

 千葉県木更津市は、関ヶ原の合戦に木更津の水夫たちが協力したことかから、江戸開幕の際に江戸との交易の特権を得て、木更津の町が栄えたという歴史・史実を有しています。近代化とともに海岸線が沖合に移ったことから、港町としての風情が記憶や印象・景観として薄れつつありました。そこで、かつての記憶を紐解き、「粋(いき)」というキーワードを導いて、現代的にアレンジした取組みへと展開しています。

 木更津には、最盛期には200人近くの芸者さんが在籍する花街もありました。芸者さんの予約をする見番の「木更津会館」は閉じられたままであったことから、見番を開け、二階の稽古場で芸者さんから木更津の地域履歴を解説いただいた後に「花柳界ミニ体験」のできるプログラムを創出し、女性のお客さまに好評を得ることができました。また、まちなかでは、松井天山の絵図や浮世絵等を展示する等、港町の風情再興に取り組んでいます。 

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③「喪失再認識型」の発見法 

 多くの地域では、急激な経済発展によって、便利な生活基盤を創出してきたことは確かです。しかし一方では、多くの貴重な個性を失ってしまいました。現在クローズアップされている個性的な地域は、地域住民が強い意思をもって、利便性や効率性だけを追い求めずに地域の個性を守り抜いた地域か、あるいは高度経済成長の直接的な影響を受けなかった地域です。

 中心市街地を「黒壁」という冠を付してシリーズ化し再生したことで有名な滋賀県の長浜市は、地域のシンボルである通称・黒壁銀行の取り壊しがきっかけとなり、町衆が中心となって保存運動を展開し、行政をも動かして黒壁銀行の取り壊しを阻止したことが、中心市街地活性化の先進事例と讃えられることの原点にありました。

 現在、都市観光で賑わっている北海道の小樽運河もまた、運河を保存するか、あるいは埋め立てて道路整備を進めるかの岐路において、「運河こそがこれまでの小樽の繁栄をもたらしたこと」に着目して、小樽運河を守るまちづくりを展開したことが、現在の賑わいづくりの原点となっているのです。

 現在の技術からすれば復元は不可能ではありませんが、相当の費用がかかります。失ってからでは遅いのです。「自分たちの地域にとって、本当に大切なものは何か」をもう一度皆で話し合うことから始めることが必要な時期に来ているのかもしれません。

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④「マイナス資源着想(プラス転化)型」の発見法

 価値観は時代とともに変化していくものです。地域の中で「いやなもの」「恥ずかしいもの」「マイナスと感じているもの」等も、地域の個性のひとつです。

 雪国にとって雪は厄介なものでしかないと思われがちです。新潟県胎内市入広瀬の『雪下ろしツアー』、青物県五所川原市金木の『地吹雪体験ツアー』等、雪に新しい価値観を重ねた、まさに「利雪」によるまちづくりです。「こんなもので人がくるわけない」と思っていた地元住民の懸念を良い意味で裏切り、来訪者に満足感を提供することにつながりました。日常的に雪の降らない地域の人々にとってみれば、非日常の貴重な体験となったのです。

oosimo3-6 千葉県館山市は、東京湾の入口部に位置していることから、先の大戦の本土決戦の最終的な砦とするため、地下壕や戦争関連施設が多くあります。これまでは、戦争をマイナスイメージと捉え、これらの戦跡にはあえて触れてこなかったことが一般的でした、しかし戦争をマイナスとして捉えず、「戦争から平和教育を考える」という視点に立てば、地域の個性のひとつとしてアピールできるのです。この『戦跡めぐりツアー』は、TDR(東京ディズニーリゾート)とセットにされることで、国内外からの修学旅行の対象となったのです。

 見方や価値からをちょっと変えてみる~いわば「逆転の発想」によって、これまではこんな素材で集客なんかできないと見落とされていたものが、地域の新しい魅力資源として活用されるのです。まだまだ、地域の中には、これからの出番を待ちわびている資源もたくさんあるのではないでしょうか。

⑤これからの動向を見極めて新たに創造する3つの方法

 地域の中から再発見するのではなく、新しく創出する方法として、「動向先取り着想型」「願望着想・初物追求型」「他事例着想・モノマネ型」と呼ぶ、地域資源創出の発想法もあります。

 「動向先取り着想型」の発想法は、これからの時代の趨勢を読み、時流・傾向をいちはやくキャッチした上で、地域資源をあらためて見てみると、違った輝きをみせるものを見出す方法です。ただし、節操なく新しいものを移入するだけでなく、時流を席取りしたテーマによって編集を加えることが大切です。

 「願望着想・初物追求型」は、人は何に惹かれるか~このことを追求して、地域の中から素材を見出す方法です。常套手段は「他地域にないもの」や「初めてのもの」。地域の中に語り継がれている「初めてのもの」は、有名でなくても地域の魅力・宝となります。ちなみに、品川はじめて物語の50話の中に、日本で初めてゴジラが上陸した地点、品川区内の八ツ山大橋という記載があります。このようなウイットを効かせることも良いでしょう。

 「他事例着想・モノマネ型」は、他の地域で集客しているもの・実績のあるものに着目し、その発想を援用して地域の新しい魅力を創り出す方法です。単に二番煎じとならないようにするためには、個性を付加することと、地域での必然性がないものの理解を地域で得ておくことが大切です。

(4)熊谷のお宝を評価する

 熊谷は、地域の成立ちとして「旧中山道の宿場町」と「絹産業」というイメージがあります。しかし、「旧中山道の宿場町」は69宿の中の一つであり、妻籠・馬込、あるいは木曽福島や奈良井宿等の、宿場の形を現在に残している地域と比べると、宿場町としての成立ちそのものが、景観として残っているわけではなく、原点・物語として受け継がれているに過ぎません。「絹産業」も同様で、富岡製糸場等の絹産業遺産群が世界遺産登録となったことから、群馬県内の絹産業遺産群は脚光を浴びましたが、それに強く関わりのある埼玉県の深谷・本庄・熊谷等は、依然として「知る人ぞ知る地域」に留まっています。

 大切なことは、「旧中山道の宿場町」「絹産業」のいずれもが、まちづくりを進めるにあたって、これらが原点となることです。また、「知られざる地域の成立ち」という逆転の発想をするならば、地域を売り出す際の好材料となることです。ただ成立ちといえば「ふぅ~ん」で終わってしまうことが、成立ちに端を発する物語や謂れ、その遍歴を一部でもとどめていれば、「ふぅ~ん」から「へ~ぇ」へと変わっていくのです。

 一方では、「うちわ祭り」は関東では著名な祭りと言えるでしょう。この祭りの起こりに、熊谷の原点である宿場町としての物語が関わっていることや、妻沼の聖天さんの彫刻との関わりを知ると、さらに興味を惹くものとなります。

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 さらに近年では「ラグビータウン」や「あついぞ!熊谷」という新しいイメージも加わりつつあります。筆者は、工学系のまちづくりを学んできたことから、星川が戦災復興で日本初の河川プロムナードであったことの豆知識を有していましたが、星川が、熊谷染と大きく関わっていたことを、今回の関わりの中で初めて知りました。

 郊外に目を転じると、小麦の生産地であり、それが粉文化の食への展開をみせつつあります。さらには、近年、健康意識との関連もあってブーム化しつつあるサイクルスポーツでは比企丘陵が話題となり、ファッショナブルなレストランとセットとなって、愛好家の中では聖地のひとつとなりつつあります。

 熊谷市は、埼玉県の県北地域の中核都市として、これまで、時代に応じて都市の顔を変えて現在に至っています。そのため、佇まいという視覚的には地域の個性は薄らいでいるようにもみられます。しかし、本稿の中で駆け足でみても、多くのお宝が眠っています。また既になくしてしまったものも少なくはないでしょう。しかし、これからのまちづくりにおいては、地域の集客資源を、テーマをもって編集することで、眠っているお宝の出番を創りだす演出を加えることで大きな効果を生む時期を迎えています。

 次回は、「まちづくりは編集力~まちの“観せ方”と“魅せ方”」と題し、今回、見出した熊谷のお宝を編集してみたいと思います。